『セルビア剣道日記 3』

セルビア剣道日記(3)

昨年9月の報告からずいぶんとご無沙汰をしてしまいました。
まずは、鎌田耕平先生、石田純士先生、八段ご昇段、誠におめでとうございます。遅ればせながら、セルビアよりお祝い申し上げます。

また、間もなく開催される全中剣道大会に向け、中体連の先生方はじめ、関係の皆さんには、準備の最終段階でご多忙を極めておられることと存じます。大会のご成功をお祈りいたしております。

お盆を前に秋田も猛暑のようですが、セルビアも暑い日が続いております。昨年は、それほどでもなかったのですが、このところ40℃くらいまで気温が上昇する日もあり、日中はなかなか外には出る勇気がありません。地元の人に言わせると、これがセルビアのいつもの夏で、昨年が特別だったとのことです。7月・8月は学校が夏休みになり、私の住む首都ベオグラードの人口は急減します。大学生たちが地元に戻ったり、多くの人達がバカンスに出かけ、ベオグラードの人口が減るのだそうです。私のアパートの大家さんは、ご夫婦でギリシャに2か月のバカンスに出かけました。これで本当に発展途上国なのかと思うくらい優雅ですが、旧ユーゴスラビアの解体以降、貧富の差が大きくなってきているようです。若い人達の失業率は高く、大学を卒業しても国内では良い仕事に就けず、職を求めて国外へ出る若い人達がたくさんおります。剣道仲間でも、有望な人がノルウェーやアラブ首長国連邦に職を見つけてセルビアを去ってしまいました。セルビアの大学は、成績にもよるようですが、基本的に学費免除で高学歴の若い人達が少なくありません。この、せっかくの人材が外国に行ってしまうのはセルビアにとって、もったいないことだと思ってしまいます。

中東・東ヨーロッパではこのところ国際的に大きな事件が少なくありませんでした。皆さんもニュースで記憶に新しいと思いますが、最近にはギリシャの債務問題がありました。その前には日本人二人が虐殺され、今なお続くイスラム国の問題、更にはウクライナでの民族問題に端を発する戦闘(ほとんど戦争)など、ここセルビアの周辺では多くの国際間の事件・紛争が発生し、現在もなお進行中です。(日本では、この時期に海外旅行などとんでもないことだと言われた人もいるそうですが・・・。)

2年間、ここで生活をしてみてわかったことは、国ごとの歴史的背景の違い、経済環境の違い、民族問題、宗教問題、先進諸国の思惑など様々な条件が錯綜してこれら大きな問題・紛争が発生してきたということでした。(ちょっと剣道日記らしくなくなってきた気がしますが、ここセルビアに住んでみて、肌で感じたことなので報告しておきたいと思います。)日本は島国で、近隣諸国とは大海に囲まれて隔離されていますから、近隣諸国の動静を肌身で感じることはあまり無いのですが、陸続きの国同士では、ちょっと行くと別の国で、言語が違ったり、貨幣が違ったり、人の顔かたち、考え方も全く違います。当たり前ですよね。この当たり前のことが日本にいたときにはわかりませんでした。理屈ではわかったとしても、肌身で感じるということはありませんでした。この2年間で何を学んだかを考えると、これが自分自身にとっては、一番大きな収穫だったのではないかと思っております。大げさに言うと、世界観が変わったということになりましょうか?

私のセルビアでの任期も早いもので残り2か月ばかりとなりました。9月末には日本へ帰国いたします。ぼちぼち帰り支度を始めておりますが、果たして何をセルビア剣道に残し得たのかを考えると忸怩たる思いもあります。2年間は本当に短いものだと思います。

平成25年10月1日にセルビアの首都ベオグラード空港に降り立ち、間もなく2年が経過しますが、この間、基本的にはベオグラードにある3つの剣道クラブの巡回指導を継続しました。週5日の指導で、月曜日・水曜日は午後7:00から『ロイヤルクラブ』というところで各1時間、火曜日・土曜日は『ベオグラードクラブ』というところで同じく午後7:00から8:00までの各1時間、木曜日は夜の遅い時間ですが、『誠クラブ』というところで午後9:00から10:30までの1時間30分です。各クラブとも、週に3回から4回の練習日を設けて熱心に稽古に励んでおります。

それぞれのクラブには特徴があって、ロイヤルクラブは、セルビア剣道の老舗的存在で、セルビア剣道の原点であったところです。現在は5段が3名おり、基本も概ねしっかりしており、剣道への理解も深いものがあります。ベオグラードクラブは、若い人達が多く、エネルギッシュです。勝負へのこだわりが強く、練習も熱心です。誠クラブは、日本の個人道場のような自前の道場で練習をしておりますが、家庭的な雰囲気が感じられます。

ロイヤルクラブとべグラードクラブは公共の体育館を借りて練習していますが、この体育館の使用料が高いんですね。1時間40ユーロと言っていますから、日本円だと5,000円以上にもなりますか。会員からの会費で賄っているのですが、経済的負担も小さくはありません。日本で稽古のできる我々は恵まれているなぁ~と感じます。

ベオグラード以外の4つの地方都市にも剣道クラブがあり、それぞれ熱心に稽古に励んでおります。地方指導にも何回か出かけましたが、充分ではなかったように思います。

世界選手権での練習

ベオグラードで巡回指導を始めて最初に感じたのが、各クラブとも右腕に力が入った、右腕主導の打突が散見されることでした。もともと体力があり、筋力が強いセルビア人ですから、右腕主導で力の入った打突になっていたものと思われますが、私の指導の最初の課題はこの右腕主導による打突の改善ということになりました。これの矯正がなかなか難しい、結構悩みました。日本では、子供のころから剣道を始める人が多くおり、自然に竹刀の握り方・振り方を覚えていくのでしょうが、こちらでは早くても17・18歳ぐらいから、また、大人になって始めた人も少なくありません。この人達は、力を入れて竹刀を振れば早く振れると完全に思い込んでしまっていたのでありますね。確信犯です。この意識改革から始めなければなりませんでした。『竹刀は竹刀自体の重さを持っている。竹刀の重さを感じて、竹刀の重さを利用して、左拳を押し上げ、引き下ろす感覚で打ってくださいね。右腕の力は抜いてくださいね、要りませんよ。これが一番早く正確に打てる方法ですからね。』って、英語で口をすっぱくして言いました。準備運動時に左腕だけの素振りを組み入れて、最近まで継続してきました。面白かったのは、この指導をしたばかりの練習後に、車でアパートまで送ってくれた稽古者が、『先生、右腕の力を抜けってあんたはしつっこく言うけれども、試合の時は必要なんでしょ?右腕に力を入れないと早く打てないでしょ!』って、のたまわれました。はは~ん、これは完全に誤解しているなと確信した次第でした。

この右腕主導の矯正に1年以上かかりました。振上げたときに右手の握りを開かせたり、『手から打たないで、足から先に動かせ。』とか、『左の脇の下を締めろ。』、『左手がエンジン、右手はハンドル。』などと言いながら、矯正に努めました。最初はみんな私の言うことを信じていないのがありありと感じられたのですが、地道な努力?が実り、現在ではかなり改善がみられるようになりました。たぶんこれは、当たり前のことですが、私が実際にやって見せて、一緒に稽古をしていく中で、『はは~ん、こいつの言っていることは本当かもしれないな。』と彼らが思うようになったからではないかと思っております。今思うと、このあたりから信頼関係が生まれてきたのかもしれません。

この右腕主導の矯正を図っていく中で、私自身も勉強になりました。『上虚下実』、『一眼二足三胆四力』、『手で打つな、足で打て、足で打つな、腰で打て』など、先達の教えが身に染みて解るような気がしたのです。(もちろん、解ると出来るは違いますけど・・・。)

このように、経験者への指導は基本の矯正に時間がかかりましたが、私が活動を始めた後から入ってきた初心者への指導の方がやり易かったです。変な癖がついていない分、素直に入っていけました。彼らは、まだまだ未熟ではありますが、現在では防具を着けて経験者と一緒に張り切って打ち合っております。

あと1点、特徴としては、自分から打っていく『しかけ技』はできるのですが、『応じ技』が上手に出来ません。打ち合いになると、いわゆる軍鶏のケンカみたいになってお互いにバタバタやってしまいます。基本技の約束稽古でも、きれいな応じ技を遣える人はほとんどいませんでした。老舗のロイヤルクラブでさえ、抜き胴を打てない。下手をすると、左胴を打ってしまいます。確かに応じ技は、手首の返しとか手の内、鎬の使い方、間合の取り方、足さばきなど総合的な修練が進まないと難しいものがありますが、対人的要素が重要となる剣道において、応じ技ができないと剣道を楽しむことができません。出ばな技を含め、相手の動きに対応する『応じ技』の指導は未だに難儀をしています。約束稽古に取り込んで練習を継続してきましたが、最近ようやく抜き胴をマスターしてくれているように感じております。指導上難しい理由は、『対人関係での遣り取り』、『合気』を口頭で説明し、理解を得るというのが非常に難しいということがあります。目に見えるもの、形として現せるものは理解を得やすいのですが、目に見えない要素についてはなかなか指導が難しいということがわかりました。やはりこれも、稽古を積んで体得してもらうしかないということになるのでしょうか。指導上の研究課題として残ったように思います。

以上が大まかな日常剣道指導のプロセスですが、大きなイベントとして今年5月29日から31日にかけて日本武道館で開催された第16回世界剣道選手権大会への出場がありました。セルビアに来る前には、世界選手権のことは全く意識していなかったのですが、こちらに来てから私の活動期間中に日本で世界選手権大会が開催され、セルビアも参加する意向であることを知りました。セルビアが世界選手権に参加するのはこれが2回目です。6年前のブラジル大会の時に世界剣道連盟への加盟承認を受け、前回3年前のイタリア・ノバラでの大会から出場しております。イタリアはセルビアと目と鼻の先にありますから、前回は男女ともチーム出場が可能でしたが、今回はなんせ飛行機で15時間はかかる遠い国、わが母国日本での開催です。予算の少ないセルビア剣道連盟としては男子チームのみの出場となりました。それにしても、選手の意気込みはすごいものがありましたね。もしかしたら決勝で日本と対戦するんでないかと・・・?いうような意気込みではありました。

と申しますのは、昨年10月にバルカン諸国のナショナルチームが参加し、マケドニアの首都スコーピエで開催された『第5回バルカン・カップ』で、セルビア勢は団体戦で優勝と準優勝(各国2チームの参加)、男子個人戦でも優勝を果たし、絶好調でした。さらに、この勢いを駆って、世界選手権の前哨戦として位置づけ、今年3月に、ここベオグラードで『第6回バルカン・カップ』を開催しました。ここでもなんと、セルビア勢が、ジュニア・女子・男子の各個人戦で優勝、団体戦でも第1代表チームが優勝、第2代表チームが第3位に入賞するという快挙を成し遂げたのであります。セルビアではマイナーな剣道が、全国紙の記事として大きく報道されたのでした。

この『バルカン・カップ』にはバルカン半島諸国から、ブルガリア・クロアチア・マケドニア・モンテネグロ・ルーマニア・トルコ・セルビアの7ヵ国が出場し、今回の世界選手権では、このうちマケドニアを除く6か国が出場しました。

世界選手権選手席

さて、いよいよ世界選手権ですが、大会が5月29日からの3日間であるにもかかわらず、チームはなんと5月11日には空路ベオグラードを出発、大会前の実質7日間にわたり、警視庁で午前・午後2回の練習に参加させてもらいました。これは、セルビア連盟のたっての希望で、私の前任者のご縁で警視庁にお願いしたものなのですが、5月の東京も暑かったですね。宿舎としたJICA幡ヶ谷研修所から地下鉄を乗り継いで新木場の警視庁道場へ通いました。セルビア剣道にとって、今回の日本行きの目的は、単に世界選手権に出場するというだけではなく、この警視庁での修行ということがあったのであります。警視庁の先生方には本当に良くしていただきました。私は、見取稽古と時々先生方が指導されるときの通訳を務めましたが、面白かったのは、警視庁の女子選手の皆さんに『通訳さん』と呼ばれたことでありました。(剣道よりこっちの方が向いているかなぁ~などと思ってしまいました。)

警視庁のご都合で、当初の予定より練習に参加できる日程が繰り上がってしまったので、その後3日間は、急遽中央大学にお願いをして練習、練習試合をさせてもらいました。ありがたかったです。

このようにして臨んだ世界選手権大会でありましたが、試合結果、セルビア勢は、男子個人戦4名出場中、3名が決勝トーナメントへ進出、この内、上段の選手1名がベスト16位でした。あと一歩でベスト8位だったのですが、長い延長戦の後、結局は反則負け。(疲れもあったのでしょうが、相手に抱きついてしまいました。)

団体戦は予選リーグで、シンガポールとマカオとの対戦でした。予選リーグ終了時点で、

シンガポールと勝ち数、取得本数が全くの互角となり、代表決定戦での一本勝負となり、残念ながら、これも長い延長戦の末、鍔迫り合いから下がったところを面にのられ、予選敗退が確定しました。

それでもセルビア勢は良く戦ったと今は思っております。実質監督を任せられた私自身、いくつかの反省点もありました。また、シンガポールとの初戦で、副将戦、もう一人の副審が正しい立ち位置で見ていてくれれば、シンガポールの後打ちの面に上がった旗は、先に打ったセルビアの小手に上がっていたのではないかと思う一瞬もありました。(副審だった網代忠宏先生だけがパッとセルビアの小手に上げてくれました。他の二人の旗が面に上がった後、網代先生と監督席にいた私の目が一瞬パチリと合って、網代先生の目が『しょうがねーよな~』と言っていたような気がしました。まあ、小手を打った後のセルビア選手の態勢もよくなかったのですけど・・・。)

また、女子個人戦に、セルビア女子1名が参加しました。試合結果としては予選リーグ敗退だったのですが、対戦相手は、女子個人戦で2位となった韓国選手で、この選手と延長戦まで持ち込み、接戦を競ったという点では今後の可能性を感じさせるものがありました。

大会会場の日本武道館では、鐙剣連会長が二階特設席にてドーンと座って観戦されておられ、ご挨拶に伺いました。また、会場運営の担当をされていた小松誠理事長がフロアーの直ぐそばで観てくれていたり、観戦においでの秋田の先生方から声をかけていただいたり、大変心強く、ありがたく思った次第です。また、応援をいただきながら、お目にかかれなかった先生方には、失礼をしてしまったところもありました。

世界選手権が終わり、セルビアに戻ってから、しばらくボーとしておりましたが、日本武道館に鳴り響いた拍手の音がまだ耳に残っていて、あの感動はいったい何だったんだろうかと思いました。日本にいたときには、世界選手権といっても、最終的には日本と韓国の戦いぶり、韓国選手の試合ぶりぐらいにしか関心がありませんでした。

しかし、セルビアから実際に参加してみると、多くの参加国、選手の中には、少なくとも勝ち負けだけではない、自分たちがそこで真剣に取組んでいる剣道を試してみたい、世界の剣道仲間と一緒に競い合ってみたい、世界のみんなに自分たちの剣道を見てもらいたい、といった純粋な思いで、遠くの国から参加している人達がたくさんいることに気づかされました。これは、日本にいたのでは、わからなかったことかもしれません。本家の日本では逆に、勝利至上主義の風潮に押し流され、私自身、試合で勝たなければ剣道でないといった錯覚や、こちらでの指導でも『教えてやろう』という傲慢な意識があったように思います。セルビアで一緒に剣道をやっている人達は、確かに技術的にはまだまだ未熟ではありますが、剣道を真剣に学ぼうという姿勢はどこにも負けません。このような日頃の真摯な取組み姿勢と、世界選手権で見つけた多くの参加者の純粋な思いを重ね合わせてみるとき、彼らにこそ敬意を払うべきものがあると思いあたった次第です。武道館に鳴り響いた拍手の多くは、そんな彼らに送られたものかもしれないと納得をしたところでありました。

秋田県剣道連盟皆様のご健勝と益々のご活躍をお祈りいたし、セルビアからの報告といたします。                              (2015.8.8)