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剣道コラム

『セルビア剣道日記』 2回目

ご無沙汰をいたしました。皆様には益々ご活躍の様子、県連盟のホームページにて拝見しております。ミニ国での総合優勝、教職員大会での上位入賞、中体連皆さんの活躍など、誠におめでとうございます。今後は、長崎国体に期待がかかりますね。更なるご健闘をお祈りいたします。

 

9月に入り、こちらもだいぶ涼しくなってきました。この3日ぐらいは小雨模様が続き、夏の終わりを感じさせます。今年はセルビアも異常気象のようで、冬には氷点下20℃とか、夏の最高気温は40℃にもなるとかおどかされておりましたが、結局この冬にベオグラードで雪が降ったのは4・5日程度、夏も『ウァー暑いな~』と感じたのは8月上旬の1週間ぐらいで、エアコンもそれほど使いませんでした。

 

実は、第1回目の『セルビア剣道日記』を投稿させて頂いた後、2月上旬に広報委員長の芳谷先生から続報を書くようにとご指示を頂いておりました。しかしながら、丁度その頃、セルビア剣道連盟とナショナルチームのメンバー選考方法について、意見の食い違いが発生し、落ち着かなかったものですから、原稿作成にもう少し時間を下さいとお願いをしたところ、今日まで延び延びになってしまったものです。お詫びいたします。

 

この意見の食い違いについて、海外における剣道事情の一端を現わしている事例と思われますので、ここに紹介したいと思います。

 

ナショナルチームメンバーというのは言うまでもなく、セルビア剣道連盟の代表チームです。この4月に行われたヨーロッパ選手権大会の選手です。セルビア剣道連盟では、昨年、新しい制度(ルール)を制定し、これに基づき代表メンバーの1次選考を実施しました。このルールをこちらでは、『ノミネート・システム』と呼んでいるのですが、要するにポイント制です。連盟のホームページから過去1年にわたる個々人の各種大会での戦績を入力できるようにしておいて、年間の合計ポイント上位者から順に20名程度を代表メンバーの1次選考対象者として抽出し、その中から最終選手を決定するというものです。ですから、どんなに実力があっても、このシステムで上位に居なければ、一次選考から排除される仕組みです。

 

一見、合理的に見えるのですが、小賢しいやり方で、私はこの選考方法は剣道精神に反するものだと思い、強く反対をしました。『個々人の剣道の実力は点数などで評価できるものではない。選手選考は実績も勘案しながら、実力と可能性を指導者の目で観て行い、組織決定すべきである。このシステムがセルビアで長く続けば、子供たちを含む若い世代の人たちにとって、剣道は各種大会に参加して点数を稼げばよいというような競技となり、また、指導者たちは如何にして点数を稼がせるかを教えるようになってしまう。長い目で見た将来のセルビア剣道のためによくない。』と主張しました。これは、人間形成を標榜する剣道の理念において、日本人指導者として容認できるものではないと真剣に考え、強く反対したものです。

 

しかし、セルビア剣道連盟にもそれなりの事情はあります。セルビア剣道連盟の主財源は、政府からの助成金であり、日本のように会員からの拠出ではありません。政府からお金をもらうにあたって、代表選手を決定するための合理的なルールの明示が求められているとの説明でした。(他にも事情はあるようですがここでは触れません。)

 

この事例を、ここで紹介させて頂いたのは、決してセルビア剣道連盟を批判するためではありません。海外における剣道の普及・発展は日本の剣道人としては大変に喜ばしいことなのですが、歴史や文化、環境、制度等の違い、様々な条件などによって剣道の本質が損なわれてしまう危険性があるということを実態として感じたので紹介したかったものです。セルビア剣道連盟のある役員は『スポーツ剣道』という言葉を使ってきましたが、この『スポーツ剣道』という言葉を彼自身で考えたとは思えません。このような言葉・考え方が、万が一、世に広がりつつあるとすれば、懸念を抱かずにはおられません。『スポーツ剣道』ならまだいい方で、これが勝利至上主義に支配されてしまうと、剣道が内包する『理合』『美意識』を無視した『アクロバット剣道』にさえなりかねない危険性があります。剣道に本来あるべき美しさを保ちながら、国際普及・強化を図ることの困難を垣間見る思いがします。皆さんはどうお考えになりますか?

 

ちょっと悲観的な紹介をしてしまいましたが、心強いところもあります。それは、最近になって感じているのですが、必ずしもセルビア剣道人全体が、先の『ノミネート・システム』に賛成しているようにも見受けられないことです。心ある人達、日本の剣道や文化を真剣に学びたいという人たちは間違いなく沢山いて、その多くはどうもこのやり方には賛成していないような雰囲気もあります。また、剣道関係者のみならず、セルビアの人たちの中には日本の美意識に憧れをもっている人たちが多くいるように感じられます。結局のところ、私としては、そのような人たちを信じて、日本の剣道を地道に伝えていくしかありません。

 

さて、上記のような事情で名誉あるナショナルチームのコーチの座を途中辞退してしまった私ではありましたが、さすがにヨーロッパ選手権大会は観たい、ここにやってきたからには観なくてはいけないと思いました。

 

今年のヨーロッパ選手権大会はフランスのクレモン‐フェラン(パリの南、パリから電車で3時間ぐらいのところ)で4月11日から13日までの3日間開催されました。大会前にセルビア剣道連盟のミーティングがあり、会長が『先生(私のこと)、どういう立場で行きますか?コーチですか?』と聞いてきてくれました。この辺は本当に親切なんですよ。私としては、今更『それではコーチで……』とも言えず、『それじゃ、視察ということで……』と言ったのですが、結局は“サポーター”ということで一緒に連れて行ってもらうことになりました。

 

 

セルビア剣道連盟は財政的には厳しいものがありますから、開催地までは大型バスで行きました。選手団は、男子・女子・ジュニアとも団体戦・個人戦へのフル・エントリーのチーム構成で選手・役員20名、私を含むサポーター8名の合計28名が大形バスに乗ってイザ!フランスへと出発したのが、大会開催日の2日前、4月9日の朝4時20分、まだ暗かったです。途中、休憩タイムはあったものの、前泊地のイタリア・トリノに着いたのは夜の10時過ぎ、さすがにバスの18時間はきつかったです。(行きは試合前なので、途中前泊がありましたが、帰りは直行22時間。もうバテバテでした。)この間、セルビア→クロアチア→スロベニア→イタリア→フランスの順に通過し、クロアチアから先はEU加盟国なので通関審査は無し、セルビアは未加盟国なのでセルビア⇔クロアチア間は通関にずいぶん時間がかかりました。開催地のクレモン‐フェランは静かでしっとりとした綺麗な街でした。また、バスで谷間を通り抜け、下から眺めた残雪のアルプスも印象的でした。

 

さて、肝心のヨーロッパ選手権ですが、セルビアチームは男女団体とも、ベスト8止まり、3位入賞はなりませんでした。(男子32チーム、女子20チームが参加)。個人戦は前日の団体戦で燃え尽きたのか振るいませんでした。

 

ヨーロッパ選手権大会を観て、他国との違い、特に剣道が進んでいる西ヨーロッパ諸国との比較の上で、セルビア剣道に不足しているものは何かを考えさせられました。結局は、基本が大切なんだという結論に達し、(今回のヨーロッパ選手権でも良い試合内容で、良い結果を残したチーム・選手はやはりしっかりとした剣道をしておりました。) 以降、セルビアでの指導では、特に間合いの重要性、足を使った打突を中心課題として進めてきました。ヨーロッパ選手権を観戦して学んだことは大きかったように感じております。

 

7月・8月はこちらも夏休みのシーズンとなります。学校は2か月の休み、多くの人たちはバカンスに出かけるようで、この期間、各剣道クラブとも練習参加者は半減しました。参加者が多い時期は全員と竹刀を交えることもできないのですが、この期間は熱心な参加者たちと稽古が出来ました。暑い中、継続して練習に参加した人たちの中には、上達が顕著に認められる人も少なくないように見受けられます。また、この時期、近隣諸国各地で、日本の先生方がやってきて講習会が開催されます。講習会好きの私は、これはチャンス!とばかりに積極的に参加させてもらいました。そんな中で、ヨーロッパ在住の日本人指導者や、日本人講習生、地元剣道人などとも仲良くなることが出来ました。大げさに言うと、『剣道が繋ぐ世界の輪』とでも言いましょうか、『交剣知愛』を地で行っているようなところがあります。こんな時は、本当に来てよかったなぁーと思います。

 

 

10月に入るとここバルカン地域でも剣道大会が目白押しで開催されます。セルビアに昨年10月1日に防具を担いでやってきた私の剣道日記も、もうすぐ2年目を迎えることになります。『住めば都』とはよく言ったもので、ここセルビアが日本から飛行機で13時間もかかる遠いところのような気もあまりしなくなってきたのが不思議ですが、初心を忘れずに努めたいと思っております。

秋田県剣道連盟皆様のご健勝と益々のご活躍をお祈りいたし、セルビアから2回目の報告といたします。

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